中国:上海・蘇州旅行記  その④(蘇州)

中国:上海・蘇州旅行記  その④(蘇州)

平成11年(1999年)8月1日~5日

(記録)令和6年(2024年)10月

takachan

(8月3日)

今日は「蘇州」への日帰りツアーに参加する。

高速道路にのって「江南」の田園風景の中をぶっとばして行く。路肩の植栽が美しい。

張君、高速にて

二階建て、煉瓦モルタル塗りの農家の群、この辺りは米作地帯とのことだ。「上海にも梅雨があります」と張君。

1時間半のドライブで蘇州に到着。

道路には車線の表示が見当たらない。「交通ルールは上海以上にメチャクチャです」車と、自転車と、人と、人、、がゴチャゴチャになっている。

蘇州の道路

点線の3車線道路。「真ん中の車線は?」     「早い者勝ち!?です」「なんと!・・・」

そんな、バカな!?

道の並木は、くすのきの並木だ。        (上海の並木は、プラタナス

また「蘇州」は「東洋のベニス」といわれるような「運河」がめぐる美しい街だ。

蘇州の、運河

同 上

*蘇州の運河:蘇州の街は「外城河」という運河に囲まれ、細い運河が網の目のように走っている。運河のいたるところに眼鏡のかたちをした太鼓橋がかかり、その下を荷物を積んだ小舟が行き来している。その 美しさから「東洋のベニス」ともいわれる。    地球の歩き方)ネット検索からも運河をいくつか

「虎丘」の斜塔を見学する。このあたりの建物は 「呉国」(春秋時代)のものという。

虎丘の、斜塔

*虎丘の斜塔:呉王の墓陵、白い虎が現れて墓の上にうずくまったので、虎丘と呼ばれるようになった。400年前から地盤沈下のため傾き始めて現在(1999)では15度傾いている。(地球の歩き方

境内の、仏像

土産物店の中で、同じ顔で並んでいるマネキンはちょっと不気味な感じだ。

寒山寺」では、塔に登って涼風に吹かれながらはるか運河の眺望をながめる。上まで登ったのは息子と私、高いところが苦手な家内は途中で断念。

寒山寺の、塔

同 上

塔の上より

寒山寺は「梁」時代のお寺とのこと。お賽銭は3人で1元(=15円)、ちょっとケチだったかな・・・。 鐘楼では、一人@3回つかせていただく。

寒山寺:南北朝 梁年間に創建されたが消失と再建を繰り返し、現存のものは清代末の再建。唐の時代に、寒山と拾得という二人の僧侶が住むようになって寒山寺と呼ばれるようになった。(地球の歩き方

境 内

鐘楼にて

昼食は「金芙蓉飯店」で蘇州の料理を・・・、蘇州のビールで乾杯!美味しい。

東呉ビールと、前菜

食後は「絲綢博物館」を見学する。(「絲綢」とは「絹」のこと、シルクロードは「絲綢の道」)

絲綢博物館
左の塔は、北寺塔

「呉服」という言葉の由来を丁寧な説明で聞く。  (内容は忘れてしまった)

*呉服:呉服は原義では中国の呉の機織りによって作られた衣服を意味した。「世説故事苑」によれば応神天皇の時代に日本に伝来したと。ウィキペディア

機織りの実演を見せていただく・・・ハズだったが、実演者の女性が休憩中とかで見られず。「コンピューターもなかった時代に、この複雑な模様を織り込んだ技術は素晴らしいです」という言葉での説明を・・。

機織り機

蚕の天敵 ネズミ退治をしてくれる猫が大切にされているとのこと。  お土産に絹のネクタイを3本購入(180元(1200円))

つづいて「拙政園」へ。ここは明時代の名庭園だ。

開花直前の「ハス」の花の群、これが咲きほこったらさぞや・・・、という素晴らしさだ。太いセミの声にかこまれて、中国式の石だたみの上を歩いてゆく。

拙政園

咲いていた、一輪のハスの花

拙政園:蘇州の四大名園のひとつ。明代の王献臣が造営した庭園。水がテーマになっていて敷地の半分以上が池や堀になっている。(地球の歩き方)    ネット検索からも、、

「拙政園」を後にして「運河」沿いを歩いていく、、

小さな「運河」に浮かぶ舟と民家の素朴なたたずまいに思わず眼が留まり、立ち止まってシャッターを切る(この写真は「NHK学園 生涯学習写真展」入選!)

NHK学園 生涯学習写真展 入選作
題名:小運河の日常

そうなんだ「この景色を見ただけで、蘇州へ来た甲斐があった!」のだ・・・。

運河めぐりのツアーがあれば、是非とも乗ってみたいところだ。運河の上から見る景色は、また違った魅力がありそうだ。司馬遼太郎著「街道をゆく(江南のみち)*」に、そんな一文があった記憶が・・・。

家内によるとこの写真を撮っているとき 張君は、「写真なんか撮らずに早く行きましょう」という態度だった、とのこと。決して裕福な家とはいえないその民家の景色を写真に撮られるのをきらったのだろうか

司馬遼太郎著「街道をゆく(江南のみち)」から

・・・そのような大厦高楼の蘇州はどうでもよい。 蘇州の美しさの第一は、民家である。この古都は、 城内に大小の運河を四通八達させている。というより、元来、長江の氾濫がつくりあげた平原の真只中にあるこの町としては、網のように運河を掘って水排けせねば都市を成立させるだけの土地が造成できなかったのであろう。

・・・民家は、運河のふちに密集している。どの民家も、白壁に暮らしの膏(あぶら)がしみついていて、建てられて何百年も経ている家も多いだろうと思われた。古びて陋屋(ろうおく)になりはてた家ほど美しく、その美しさは水寂びともいえるようなにおいがある。潮寂びのヴェネチアとは、そのあたりでもちがっている。・・・

ふたたび高速にのって上海へもどる。

蘇州の運河をふたたび、ネット検索から、、

運河の夜景も、、

参考 蘇州の地図(地球の歩き方)

    運河が巡る状況が分かる(拡大してご覧下さい)

つづく、次回その⑤(上海Ⅳ:准海中路ほか

takachan